地域の内発的なプロセスの重視を
地方創生政策に関する緊急提言
政府は、現在、さまざまな地方創生政策を推進する中で、「地方人口ビジョン及び地方版総合戦略」を遅くとも平成27年度中に作成するよう地方自治体に求めている。また、この地方創生にかかわり、中山間地域では、国土形成計画にも位置づけられた「小さな拠点の形成」が推進されている。さらに、公立小中学校の適正規模等に関する手引きを改定し「公立小中学校の統廃合」を進めるという重大な動きもこの地域では進んでいる。
しかし、これらの地方創生政策は、地方自治体への交付金の配分等と関連づけて国の強力な指導の下に推進されていることから、中山間地域の一部の市町村においては混乱や戸惑いが生じている。また、公立小中学校の統廃合は、地域の存続さえ危惧されるような強い負のインパクトを地域に与えつつあり、地方創生政策に矛盾する。
従来、国主導の数多くの地域振興政策が大きな成果を上げてこなかった反省も踏まえ、今度こそ「地域の内発的なプロセス」を重視しながら、新たな潮流である「田園回帰」の動きにも注目しつつ、各種施策が整合性を持って進められるべきである。
私たち中山間地域フォーラムは、地方創生政策の推進について、全国の中山間地域の市町村や住民の方々に対して、地域におけるボトムアップで主体的な対応を呼びかけるとともに、政府に対しては、集落など地域の内発的な動きを促すような政策運営を提言するものである。
1. 地方版総合戦略等は、地域住民主体のボトムアップで策定すること
地方人口ビジョン及び地方版総合戦略は、地域住民が主体となってボトムアップで策定するようにするとともに、こうしたプロセスにより作成が28年度にずれ込む市町村についても交付金等で不利な扱いにならないようすべきである。 |
地方人口ビジョンや地方版総合戦略の策定を巡っては、政府が「遅くとも平成27年度中の策定」を求めていることから、一部の市町村の現場において、策定を急ぐあまり「コンサル丸投げ」も生まれており、さながら「交付金獲得レース」(できるだけ国に気に入られるものを早く作り、できるだけ多くのお金を獲得するレース)と化してもいる。しかも、このようなスケジュールの中で、肝心の住民参加は、時間がかかるものとして避けられる傾向も見られる。
本来、各自治体の将来方向を決定する「地方版総合戦略」等については、「まち・ひと・しごと創生基本方針2015」(平成27年6月30日 閣議決定)」に「地域住民による集落生活圏の将来像の合意形成」が掲げられているように、ワークショップ等の場を通じて住民からの声を丁寧に拾い上げ、ボトムアップしていくというプロセスを経て作成されなければならない。地域住民が地域の現状や立ち向かうべき課題を共有し、どのような地域にしたいのか、その将来像をともに語り合う過程を抜きにして、実効ある総合戦略の策定はあり得ない。住民が当事者意識を持って立ち上がるという、地道なボトムアップのプロセスそのものが総合戦略の一部でなければならない。
また、地方人口ビジョンの策定についても、小学校区ないしは集落レベルから積み上げることによって、個々の世帯の事情(例えば、進学や就職などによって地域外に転出した子弟がUターンするなど)も勘案する互いの顔の見える関係を通じた作業が可能になり、予測の精度も高まり、住民に身近な人口ビジョンとなる。地域の人口は、「毎年1パーセント」を取り戻すだけで状況は大きく改善するのであり(島根県中山間地域研究センター藤山浩氏)、小学区単位などで人口シナリオを検討すれば、若者夫婦のUターン・Iターンが何組あれば小学校を存続できるなどの具体的な目標もたちやすい(例えば、島根県邑南町の「夢づくりプラン」や山形県川西町の「地区振興協議会」の取組)。
地域づくりは喫緊の課題とはいえ、成果を上げるのに時間を要することは、過去の政策の失敗が物語っている。地域住民とともに徹底した議論と試行錯誤のプロセスを経るからこそ、地域の総合力は発揮され、地方創生の具体的な道筋も見えてくるのであり、こうしたプロセスを重視した総合戦略の策定への転換はいまからでも遅くない。大切なプロセスや議論するための時間を、政治や行政の都合によって奪うことがあってはならない。
2. 地方創生に逆行する公立小中学校の統廃合を見直すこと
公立小中学校は、コミュニティの拠点であり、新しい動きである「田園回帰」の拠点でもあることを踏まえ、統廃合については地域の自治組織で十分な議論を行えるようにすべきであり、政府も地域の意向に反して推進することのないようにすべきである。 |
公立小中学校の統廃合に関する動きが各地で活発化している。その議論の中で、小規模校のデメリットを強調した文部科学省「公立小学校・中学校の適正規模・適正配置等に関する手引の策定について」(平成27年1月27日)が重要な役割を果たしており、中にはこの「手引き」をそのまま、統合に向けた強力な説得材料として利用している自治体もある。そのため現場では、「上の方ですでに決まったこと」「文部科学省が進めている政策には逆らえない」という声も聞かれ、住民が自らの地域の問題と捉える時間もないまま、学校統廃合が進められるという事態も生じている。
地域社会において公立小中学校はきわめて重要な役割を果たしており、小中学校区こそが最もベーシックな「地元」であり、活力の源である。しかし、小中学校の統廃合を契機に、通学に便利な市街地などに子育て世代が中山間地域から流出してしまう動きは過去にも見られた。
また近年、若い世代の人々に「田園回帰」の動きが高まっているが、その背景の一部には、若い世代、特に女性の「自然豊かな本格的な田舎で子供を育てたい」という願望がある。経済成長にとらわれない新しい社会のあり方を展望して胎動しはじめた「田園回帰」の動きに、小中学校の統廃合は水を差すものであり、実は地方創生の理念に逆行するものである。
さらに、こうした統廃合は、中山間地域等における「小さな拠点の形成」(次項参照)の単位が「小学校区等」とされていることとも矛盾し、政策の整合性を欠いている。実際に小学校が存在してこそ「心豊かな地域コミュニティの形成」(まち・ひと・しごと創生総合戦略Ⅲ2)が可能ではないのか。
公立小中学校の統廃合は、地域の未来に大きな影響を及ぼすものであり、教育の視点だけでなく、地域住民全体で時間をかけて合意形成を図るようにすべきであり、小規模校が抱える教育上のデメリットについても、住民が一体となった地域活動を通じてカバーする取組(すでに全国各地にさまざまな取組がある)を推進するとともに、政府もこうした取組を強力に支援する施策を講ずべきである(例えば、大分県耶馬溪町地域や愛媛県久万高原町仕七川地区の取組)。
3.「小さな拠点」に対する誤解を払拭すること
中山間地域等の「小さな拠点の形成」については、集落ネットワーク圏の設定とセットになった新しい地域運営の「ビジョン」であることを一層明確にし、拠点への居住の集約化という誤解を解くよう工夫すべきである。 |
国の総合戦略及び新しい国土形成計画で推進することになっている「小さな拠点の形成」を巡っては、「新たな国土形成計画」自身が経済成長重視の傾向を持つことやそこで論じられているいわゆる「コンパクト・シティ」の考え方と紛らわしいことから、それが居住の集約化を進めるものという誤解(集約化の誤解)が拡がっており、推進上の混乱が見られる。
自然的条件等の厳しい中山間地域においては、累次の政策にもかかわらず人口減少が進んできており、「小さな拠点の形成」という新たな政策を進めるに当たっては、まず、国土政策上この地域をどのように位置づけるかという国の「戦略ビジョン」を示すことが重要である。
この意味で、中山間地域等の「小さな拠点」については、それが、生活サービスを維持する「手段」としての「守りの砦」にとどまらず、周辺の集落とも密接に連携する「集落ネットワーク圏の設定」(平成27年3月、過疎問題懇談会提言)と一体になって推進されることで、「人口が減っても国土保全、良好な景観など多面的で重要な役割を担っている中山間地域に人が住み続けられ、かけがいのない自然環境・文化風土等を長期にわたり安定的に維持していけるようにする」ためのビジョン及び戦略であることを一層明確に示すべきである。
「小さな拠点(コンパクト+ネットワーク)」は、中山間地域の役割やビジョンとともに語ることにより説得力を増すのではないか。それはまた、「田園回帰」の潮流をも加速させることになるのではないか、と考える。
平成27年8月6日
特定非営利活動法人中山間地域フォーラム
連絡先 中山間地域フォーラム事務局
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【ホームページ】 http://www.chusankan-f.org/